徳洲会の徳田虎雄理事長は、鹿児島県徳之島の出身です。
「徳洲」とは徳之島を指す言葉でもあります。
理事長が幼い頃に決意した、「離島でも最先端の医療を」との夢を実現し、徳之島徳洲会病院がオープンしたのは昭和61年のこと。
以来、奄美の島々に施設をつくり続け、現在では7病院を含む29施設、7事業所を展開しています。
奄美群島の総人口は減少を続けて12万人を切りましたが、うち徳洲会グループの職員は1700人を超えています。
つまり私たちは地元の医療・福祉を担うだけでなく、雇用の面でも多大な還元をしていることになります。
それぞれの島の事情や地理的状況などにより、各施設は少しずつ色合いが異なります。
一つの例をご紹介しますと、奄美群島で最も大きな奄美大島には3つの病院があり、島の中心部に名瀬徳洲会病院(255床)、北端に笠利病院(70床)、
南端に瀬戸内徳洲会病院(60床)を配置しています。
奄美大島の南隣には加計呂麻島、請島、与路島といった小さな離島が連なっていますが、うち加計呂麻島には加計呂麻徳洲会診療所を置き、
瀬戸内徳洲会病院と連携しながら奄美の医療の一端を担っています。
この瀬戸内徳洲会病院では最新型の64列マルチスライスCT装置が稼働していますが、平成22年7月の導入時には鹿児島県下で20台目、
奄美大島では2台目のものでした。僅か60床の離島の病院がそれほどの機器をもっているのは、全国的にも珍しいことです。
これにより、加計呂麻島などの方々も、ご自宅からあまり遠くない場所で精密な検査を受けられるようになりました。
今、日本の医療を見渡してみると、いわゆる「医療崩壊」を懸念する声はますます強まっているようです。いくつもの病院があり、大勢の医師がいる都市部でも、その声はやみません。一つの象徴として、救急車のタライ回しが大きく問題視されています。
しかし、離島の病院にそんなことはありません。私たちは365日24時間、夜間・休日・年末年始のいつであっても、全ての患者さんを断ることなく受け入れています。だからこそ、救急車のタライ回しなど起こり得ないのです。
また、こうした離島医療の環境は、「患者さんの体を臓器別に診るのではなく、全人的に診る」という体験につながるため、グループの研修医にとっては最高の訓練の場ともなっています。
ひと口に「離島・僻地医療」といっても、離島と僻地では大きく異なります。特に、陸続きでないことによる離島のハンディは、島に住んだことのある人にしかわからないかもしれません。ですが、奄美出身である私にとって、生まれ故郷で働くのは当然のことでもあります。1700人の職員の多くも地元出身者なのですが、島外や県外から移住した者も少なからずいます。
彼らは口々に、この奄美の自然や風景や、人々の温かさに魅力を感じたのだと語ってくれます。
奄美は、素晴らしい場所です。この温暖な気候を背景に、滞在型の療養施設をつくったらどうかとの計画もあります。
ゆっくりと過ごしていただき、疲れた心や体を癒やすような施設です。実現への道のりはそう簡単なものではないでしょうが、この「ヘルシー・アイランド・リゾート構想」は、私たちグループの大きな目標の一つになっています。
徳之島病院のオープンから、およそ四半世紀が過ぎました。その間、医師会の先生方のご協力をはじめ、地元の方々からも多くの激励やご支援をいただきました。これまでのことに深く感謝申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いいたします。
奄美が「今以上に住みやすい島」になるよう、私たちも努力を重ねてまいります。

徳洲会グループ離島ブロック担当理事 名瀬徳洲会病院総長 満元洋二郎
